■水月の壁

宇都宮市内の居酒屋「水月」の壁に書いたものです。
新年会で記念に書いたものでした。
「無理しないで、人にあったそこそこで、生きていこうよ。」
2004年1月3日
残念ながらこの店は、大家さんの都合で立ち退きとなり、店は取り壊されてしまった。その後、近所に店を開店させた。今では、解体の時に外しておいた壁を飾ってある。


宇都宮の居酒屋「水月」のトイレの壁に書かれた言葉です。
「一人の人生は、他人の知らないことが、いっぱいあるのです。
そのことを、いちいち教えなくて、いいじゃないか。」
2003年1月3日
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■立松さんはいかに飲んだか
私は、宇都宮市にある松が峰教会のそばの、あまり流行っていない居酒屋のマスターです。

今年(2010年)の1月、流行っていない店を貸し切って親しいお友達と新年会を開いたのが、立松さんが宇都宮で飲んだ最後の夜となってしまいました。
実は、立松さんのことはお顔とお名前ていどでほとんど知りませんでした。だいぶ昔に「遠雷」を手に取りましたが、数ページ眺めただけで挫折。時おり新聞の記事で「パリダカ」に参戦された事や、神社仏閣を守るための「古事の森」でのご活躍を目にしたていど。ニュース番組でのコメンテーターぶりも見た事がありませんでした。
そんな私と立松さんの架け橋になってくれたのが、当店の常連客である立松さんのHP管理者氏(以下H氏)です。地元のお友達との親睦会の場に、たびたびご利用いただきました。

“小柄な方だなぁ”というのが、初めてお会いしたときの感想です。私はどうしたわけか人見知りのマスターで、最初のうちはご挨拶程度しかできなかったのですが、何度も声をかけていただいて少しずつお話できるようになりました。立松さんの本を読ませていただき話題の種にでもしようかと、H氏にサイン入りの「光の雨」「恩寵の谷」「毒」をお借りしました。機を見て話しかけると「え、あれ読んだの。大変だったでしょう(笑)」。
H氏にツーショットのスナップを撮っていただき、後日お見せすると写真にお言葉をいただきました。

「人生はあれもあるしこれもある」
あとでH氏に
「立松さんは書く言葉を決めてるんですか?」
「いや、けっこう人を見て書いてるよ」
さて、立松さんはいかに飲んだか。実は、立松さんご自身はあまりお飲みになりませんでした。だけど、そのお仲間の皆さんはしたたかにお飲みになってた。親密に。打ちとけて。だいだい色のオーラに包まれてました。
立松さんはそのように飲んでたらしたのです。
橋本 浩
2010.7.21
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